岡山地方裁判所 平成8年(ワ)512号 判決 1997年12月02日
甲事件原告
有限会社ニシケン工業
被告
土屋良輔
乙事件原告
安田火災海上保険株式会社
被告
西村克巳
主文
一 甲被告は、甲原告に対し、金六〇万五九九四円及びこれに対する平成八年二月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 乙被告は、乙原告に対し、金六二万五〇〇〇円及びこれに対する平成八年三月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 甲原告及び乙原告のその余の請求をいずれも棄却する。
四 甲事件訴訟費用は、これを二分し、その一を甲原告の負担とし、その余を甲被告の負担とする。
五 乙事件訴訟費用は、これを二分し、その一を乙原告の負担とし、その余を乙被告の負担とする。
六 この判決は仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
(甲事件)
一 請求の趣旨
1 甲被告は、甲原告に対し、金一四四万円及びこれに対する平成八年二月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 甲事件訴訟費用は甲被告の負担とする。
3 仮執行宣言。
二 請求の趣旨に対する答弁
1 甲原告の請求を棄却する。
2 甲事件訴訟費用は甲原告の負担とする。
(乙事件)
一 請求の趣旨
1 乙被告は、乙原告に対し、金一二五万円及びこれに対する平成八年三月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 乙事件訴訟費用は乙被告の負担とする。
3 仮執行宣言。
二 請求の趣旨に対する答弁
1 乙原告の請求を棄却する。
2 乙事件訴訟費用は乙原告の負担とする。
第二当事者の主張
(甲事件)
一 請求原因
1 交通事故(以下「本件事故」という。)の発生
(一) 日時 平成八年二月一一日午前八時五〇分ころ
(二) 場所 岡山市浜六二〇番地の一先市道上
(三) 甲被告車両 甲被告運転の普通乗用自動車(岡山五一め一八〇一。以下「甲被告車両」という。)
(四) 甲原告車両 乙被告運転の普通貨物自動車(岡山一二さ九九二二。以下「乙被告車両」という。)
(五) 事故態様 前記日時場所において、乙被告車両がUターンするために、押ボタン式信号機によって交通整理されている交差点(以下「本件交差点」という。)内で方向指示器を点滅させて転回中に、甲被告車両が時速八〇キロメートル以上の速度で直進し、乙被告車両の右側面に衝突した。
2 責任
本件事故は、甲被告の速度超過、前方不注視等に基づいて発生したものであるから、甲被告は民法七〇九条に基づいて、不法行為責任を負う。
3 損害 合計金一四四万円
(一) 買替差額 金一三四万円
乙被告車両は甲原告が所有しており、本件事故後、乙被告車両と同種の自動車とを買い替えた。事故当時の価格が金一九四万円で、事故車としての下取価格が金六〇万円であったから、その差額金一三四万円が損害となる。
(二) 弁護士費用 金一〇万円
4 よって、甲原告は甲被告に対し、不法行為に基づく損害賠償請求として前記損害金一四四万円及びこれに対する不法行為の日である平成八年二月一一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1(一)ないし(四)は認める。同(五)のうち、甲被告車両が時速八〇キロメートル以上の速度で直進していた事実は否認し、その余は認める。
2 同2のうち甲被告の速度違反による過失に基づく責任は認め、その余は否認する。
3 同3は否認する。
三 抗弁(過失相殺)
本件事故は、乙被告が、片側二車線の左側車線から交差点内でいきなり右に転回しようとした際、右側車線を直進中の後方の甲被告車両を認めたのであるから、同車の交通を妨害しないように右転回を差し控えるべきであったのに、漫然と転回を開始したために生じたものであり、乙被告の過失の方が甲被告の過失よりはるかに大きい。
四 抗弁に対する認否
否認する。
(乙事件)
一 請求の原因
1 甲事件請求原因1(一)ないし(四)の事実。
2 事故態様
前記日時場所において、甲被告車両が、メディアコム方面から百間川方面に向け片側二車線のうちの右側車線を時速六〇ないし七〇キロメートルで直進し、自車前方に設けられている本件交差点の手前約一〇メートル付近に差し掛かったところ、左側車線を同方向に走行していた乙被告車両がメディアコム方面に引き返すため本件交差点を転回しようとして、右側車線を直進中の甲被告車両の前方に割り込んできて右に転回しようとしたため、それを認めた甲被告の急ブレーキが間に合わず、甲被告車両左前部が、乙被告車両の右側後輪付近に衝突した。
3 責任
乙被告は、片側二車線のうちの左側車線からいきなり交差点内で右に転回するにあたって、右側車線を走行中の甲被告車両の交通の安全を確認し妨害してはならない義務があるのに、それを怠った過失があり、民法七〇九条に基づく不法行為責任を負う。
4 損害
甲被告車両の修理見積額は金一三〇万〇五一四円、事故当時の同車の時価評価額は金一二五万円であり、低い方の価額の金一二五万円が損害額となる。
5 自家用自動車総合保険の締結
(一) 乙原告は、平成七年四月四日、甲被告との間で保険期間を一年、被保険者を甲被告、被保険自動車を甲被告車両と定める自家用自動車総合保険契約を締結した。
(二) 右契約中の車両条項には、乙原告は、偶然の事故によって被保険自動車に生じた損害を被保険者に対して填補し、乙原告が全損として保険金を支払った場合は、被保険自動車について被保険者が持っているすべての権利を取得するものとする定めがある。
(三) 本件事故は、甲被告が甲被告車両を運転中に発生したものである。
(四) 乙原告は、本件事故後、甲被告から右保険金の請求を受け、平成八年三月一一日、前記車両損害保険金として、金一二五万円及び臨時費用保険金として金六万二五〇〇円の合計金一三一万二五〇〇円を支払い、本件事故に関して甲被告が有していた損害賠償請求権を代位取得した。
6 よって、乙原告は、乙被告に対し、前記車両損害金一二五万円及びこれに対する保険金支払日の平成八年三月一一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1は認める。
2 同2、3は否認する。
3 同4、5は不知。
三 抗弁(過失相殺)
本件事故は、甲被告の速度超過、前方不注視等に基づいて発生したものである。
四 抗弁に対する認否
否認する。
第三証拠
本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。
理由
一 甲乙事件について争いのない事実
平成八年二月一一日午前八時五〇分ころ、岡山市浜六二〇番地の一先市道(片側二車線)上の本件交差点内において、百間川方面へ向かう道路(以下「本件道路」という。)から対向車線へUターンしようとしていた乙被告車両の右後輪付近に、本件道路の右側車線を北上していた甲被告車両の左前部が衝突して本件事故が発生した。
二 本件事故の事故態様について
まず、本件事故の事故態様が甲乙事件の共通の争点と考えられるので、以下この点について検討する。
1 証拠(甲五、六、乙一、二の一ないし二の四、五ないし七、証人坂本久人、乙被告、甲被告)によれば次の事実が認められ、この認定に反する証拠は信用できない。
(一) 本件事故当時、天候は晴れ、本件事故現場となった交差点の存する本件道路は路面が乾いており、制限速度は時速五〇キロメートルで、本件交差点の信号機は黄色点滅の状態であった。また、本件道路沿いの歩道及び中央分離帯の上には、それぞれけやき等が植えられていたが、葉は落ちており、本件道路を走行する車両の運転者にとって見通しの妨げとなる状態ではなかった。
(二) 本件事故当時、本件事故現場から約五〇ないし六〇メートルほど南へ下った本件道路沿いにあるファミリーマートでの内装工事を請け負っていた乙被告は、右内装工事現場から会社(甲原告)へ戻るために、本件事故発生直前、右ファミリーマート前から乙被告車両で本件道路に出た。その際、乙被告車両の右後方から三台ほどの車両が本件道路を北上して来ており、乙被告もこれらの車両を認めたが、乙被告車両との距離が離れていたので、安全と判断して本件道路に出た。
(三) 乙被告車両は、本件道路の左側車線を斜めに横切り、右側車線に出て北上し、本件交差点でUターンするために、同交差点の手前でいったん左にハンドルを切って車両を左に向けた。その際、乙被告車両全体が完全に左側車線に入ったわけではないが、同車両は左右車線の境界線上に乗った。乙被告車両の長さは四・八五四メートル、幅は一・八メートルとやや大きいため、本件交差点でスムースにUターンを行うためには、いったん車両を左に脹らませる必要があった。
乙被告は、乙被告車両を左に向けた後、今度は、方向指示器を点滅させるとともに、右にハンドルを切ってUターンを開始したが、その際、右後方の車両の確認は行わなかった。また、本件道路に出てから本件交差点に至るまでの平均速度は時速約二〇ないし三〇キロメートルであった。
その後、乙被告車両の転回中に甲被告車両の左前部が乙被告車両の右後輪付近に衝突し、乙被告車両は、衝突地点から約四・二メートル離れた、本件交差点内の中央分離帯の延長部分から対向車線にかかる位置で南東方向を向いて停止した。
(四) 他方、甲被告は、自宅からJR西日本東岡山駅へ向かうため、本件交差点から約二五〇メートルほど南にあるメディアコム前の交差点を右折して本件道路に入り、右側車線を北上した。
本件道路に入った後、本件事故に至る直前までの甲被告車両の速度は、時速約八〇キロメートルから一〇〇キロメートル近い速度にまで及んでいた。また、前方を注視していなかったため、甲被告車両が本件交差点にかかる直前まで乙被告車両に気づかず、本件交差点手前で転回中の乙被告車両に気づき、急ブレーキを踏んだものの、間に合わずに甲被告車両の左前部が乙被告車両の右後輪付近に衝突し、甲被告車両は右後部を本件交差点内の中央分離帯の先端付近に接触させて停止した。
2 以上の認定事実によれば、本件事故の事故態様は、本件交差点より二、三メートル南の本件道路中央(左右車線境界線)付近から、本件交差点内で対向車線へUターンしようとした乙被告が右後方を確認せずに乙被告車両の転回を開始したところ、本件道路右側車線を時速八〇キロメートルから一〇〇キロメートルに近い速度で北上してきた甲被告車両の運転をしていた甲被告が前方の注視を怠り、乙被告車両の発見が遅れたため、ブレーキが間に合わず、乙被告車両の右後輪付近に甲被告車両の左前部が衝突したというものと認められる。
三 甲乙両被告の過失について
1 前記一で認定した事実を前提にすれば、まず、乙被告については、車両は他の車両の正常な交通を妨害するおそれがあるときは転回してはならず、転回しようとする車両の運転者であった乙被告は、他の車両の正常な交通を妨害するおそれの有無を確認するために自車の前方のみならず、後方の車両にも注意を払い、他の車両の正常な交通を妨害するおそれのないことを確認する注意義務があるにもかかわらず、本件交差点内でUターンするために本件道路中央付近から右方向へ転回を開始するに当たり、右後方を確認すべき義務を怠った過失が認められる。
よって、乙被告は、本件事故による甲被告の損害について、不法行為に基づき賠償責任を負う。
2 また、甲被告については、本件道路は制限速度が時速五〇キロメートルとされており、右制限速度を守るべき注意義務があるにもかかわらず、これを越える時速約八〇キロメートルから一〇〇キロメートル近い速度で走行した速度超過の過失及び車両の運転者は前方を注視し、前方の安全を確認しながら進行すべき注意義務があるにもかかわらず、これを怠り、転回中の乙被告車両の発見が遅れた前方注視義務違反の過失が認められる。
よって、甲被告は、本件事故による甲原告の損害について、不法行為に基づく賠償責任を負う。
3 甲乙両被告の過失については、それぞれ過失相殺の抗弁が主張されているが、前記一及び二1、2で認定した事実及び過失内容、その他本件に顕れた諸般の事情を総合考慮して、甲乙両被告の本件事故により生じた損害に対する過失相殺の割合をいずれも五割と解するのが相当である。
なお、甲原告は、乙被告とは別人格であるが、乙被告は甲原告の代表取締役であり、実質的には両者は一体とみることができるから、甲原告の本件事故に基づく損害賠償請求額の判断にあたり、乙被告の過失を考慮に入れることは許されるものと考える。
四 甲原告の損害について
証拠(甲七、証人末井孝志、乙被告)によれば、本件事故当時、乙被告車両の所有者は甲原告であり、本件事故で乙被告車両が損傷したことにより生じた損害額は、金一一一万一九八八円と認められ、前記過失相殺の割合を五割としたことを考慮して、甲原告から乙被告に対し、右車両損害額のうち金五五万五九九四円を請求しうるものと考える。
また、諸般の事情を考慮し、弁護士費用にかかる損害額は金五万円を相当と認める。
五 甲被告の損害及び保険契約の締結について
1 証拠(乙七、甲被告)によれば、本件事故で甲被告車両が損傷したことにより生じた損害額は、金一二五万円と認めるのが相当である。
2 証拠(乙七、八、甲被告)及び前記一、二、五1で認定した事実を総合すれば、乙事件請求原因5(一)(二)の自家用自動車総合保険契約が締結された事実、同(三)の甲被告が甲被告車両を運転中に本件事故が発生した事実、同(四)の乙原告から甲被告への前記車両損害金一二五万円が支払われた事実をいずれも認めることができる。
もっとも、乙被告の甲被告に対する過失相殺の主張は、甲被告の損害賠償請求権を代位取得した乙原告に対しても主張することができ、前記三のとおり、乙被告は甲被告に対して五割の過失相殺を主張できるから、乙原告は、乙被告に対して右車両損害金の五割に相当する金六二万五〇〇〇円を請求できることになる。
六 以上によれば、甲事件の請求は金六〇万五九九四円及びこれに対する不法行為の日である平成八年二月一一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求は理由がないからこれを棄却することとし、乙事件の請求は金六二万五〇〇〇円及びこれに対する保険金支払日の平成八年三月一一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行の宣言について同法一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 小森田恵樹)